慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス 音楽神経科学研究室 KEIO UNIVERSITY SFC NEUROMUSIC LAB

なぜ、私たちヒトの脳・身体には、音楽を聴いて感動したり、癒されたり、音楽に合わせて踊ったり、歌ったり、楽器を奏でたり、音を楽しむ能力が備わっているのでしょうか。私たちが普段何気なく聴き、演奏し、楽しむ音楽は、実はヒトの文化・進化・発達の起源や、社会性や創造性、知覚、認知、運動、記憶、情動、学習といったヒトの脳機能を理解する上で、極めて重要な研究対象です。本研究室では、「音楽神経科学(Neurosciences and Music: NeuroMusic)」をテーマとして、謎に満ちたヒトの音楽性の脳内起源を解き明かすため、研究を行なっています。

About the Keio University SFC “NeuroMusicLab”

藤井 進也 慶應義塾大学環境情報学部 准教授 SHINYA FUJII, PhD

Shinya Fujii is playing drums at Keio University SFC, Beta Dome

慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス 音楽神経科学研究室 / エクスミュージックラボ主宰.慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科 エクスデザインプログラム チェアパーソン.京都大学総合人間学部卒,京都大学大学院博士課程修了,博士(人間・環境学) .日本学術振興会特別研究員DC1(京都大学),PD(東京大学,ハーバード大学・ベスイスラエルディコーネスメディカルセンター),海外特別研究員(トロント大学サニーブルックヘルスサイエンスセンター),東京大学大学院教育学研究科特任助教,慶應義塾大学専任講師を経て,2019年9月より現職.ドラマーとしてアンミュージックスクール京都校を特待生認定修了.専門は音楽神経科学・音楽身体科学.


メッセージ – Message –

藤井研究室NeuroMusicLabでは、音楽神経科学・音楽身体科学の観点から、音楽・脳・身体について、科学的な研究をおこなっています。私自身はドラマーで、学生時代は大学とダブルスクールで音楽専門学校に通い、ドラマー特待生を授与されたこともあります。バンド活動やジャズバーでの演奏など、実践的な音楽活動に明け暮れていました。

熟練ドラマーはどのように巧みな演奏を実現しているのか知りたいと思い、大学院では熟練ドラマーの運動制御機構をテーマに研究しました。世界最速ドラマーの筋活動、ドラマーの熟達差を説明する数理モデルの開発、日本トップドラマーの演奏リズムの特徴など、運動制御学やスポーツ科学の観点から、熟練ドラマーの超絶技巧について、研究をおこないました。

ドラマーの身体について研究する中、そもそもヒトはなぜ、リズムを奏でるのか、ヒトにとって音楽とは何か、より本質的な問いに迫りたいと思うようになりました。そこで博士学位取得後は、神経科学や発達脳科学の観点から、聴覚情報と運動情報の連関学習の脳内メカニズムや、ヒトの音楽性の発達起源について研究しました。ハーバード大学やトロント大学に留学し、リズム感の個人差を客観的に評価するテストを開発したり、音楽・言語リズムの脳内処理過程や、聴覚フィードバックを用いた運動学習・リハビリテーションの研究にも取り組みました。

帰国後、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで研究室を主宰し、音楽・脳・身体について、さらに研究を続けています。様々な大学・企業・アーティストと共同して、音楽家の脳機能の解明、ライヴ音楽の感動メカニズム、心に響く歌の研究、音楽感動の個人差、音楽と精神疾患の関係、ドラマージストニアの研究、世界文化間のリズム感比較、音楽療法の効果検証、AI音楽が心身に及ぼす影響、ゾクゾクする音・音楽の研究、音楽の鳴るシューズの開発など、多様な音楽・脳・身体の科学的研究を推進しています。  音楽や芸術についての神経科学・身体科学は、まだまだ未開拓で、挑戦しがいのある研究領域です。私たちの生きる世界には、音楽や芸術が遍在していますが、その本質について、まだまだ理解すべきことがたくさんあります。「音楽の未知のために、未知の音楽のために – For the Future of Music, For the Music of the Future –」これが、私の研究室のキャッチフレーズです。「音楽の実学(サイヤンス)」は、地球を豊かに幸せに、この世を“グルーヴィーにする”と信じて、日々研究をおこなっています。


インタビュー記事・番組等 – Interviews / Media etc. –


音楽のサイエンスで人間を理解する

ふと耳にした曲に合わせて自然と体が揺れる。何気ない反応ですが、その時脳内では人間にしかできない高度な情報処理が行われています。10代で出会ったドラムに惚れ込み、ドラマーとして腕を磨きながら、ドラムや音楽をテーマにした研究を始めた異色の研究者・藤井進也准教授。現在、「ヒトにとって音楽とは何か」という根源的な問いに対して、神経科学や身体科学の観点から幅広い研究を行っています。”音楽には、ヒトを理解するためのヒントが豊富に含まれています。そこにはヒトの進化の謎を解く鍵が潜んでいます。“


音楽と科学 – Music and Science –

「音楽と科学」という言葉を聴いた時、あなたは一体何をイメージするだろうか。両者は分断しており、両者の結びつきをイメージすることは不自然だろうか。それとも、両者の結びつきは自然で、両者が分断している様子をイメージする方がむしろ困難だろうか。

学生時代、音楽と科学の分断に、心悩まされた経験がある。当時ドラマーとして、京都のジャズバーで演奏に明け暮れていた。演奏の中で学んだ感覚を科学研究の場に持ち込んだ時、「主観的である」「客観的でない」「再現性がない」「科学的ではない」という言葉を何度も耳にした。「音楽」と「科学」が結びつくことは難しいのではないか、「音楽」と「科学」は排他的な関係にあるのではないか、「音楽家」と「科学者」は矛盾した存在ではないか、「音楽」とは、「科学」とは、「研究」とは一体何か、何度も自問自答したことを鮮明に覚えている。

自問自答を繰り返す中、多くの人々に出会い、考え、実践し、研究する機会を頂いた。私が出会った敬愛する音楽家、科学者、研究者は皆、純粋な心で人間や物事の真理に向き合い、探究し、表現し続けていた。その真摯な姿を眼の当たりにしていると、音楽の実践と科学の探究は、決して相対する関係ではなく、音楽家も研究者もどちらも同一の真を究めようとする、同志のような存在であることに気がついた。その時、悩んでいた心に光が射し込み、眼前が明るくなるような気がした。

一方で、この世の中を俯瞰してみると、特に日本国内において、まだまだ音楽と科学が分断しているように感じる。なぜ、総合大学に音楽学部は存在しないのか。なぜ、スポーツ科学は当たり前に存在するのに、音楽科学は当たり前に存在しないのか。音楽・人類・地球の未来に想いを馳せると、音楽についてまだまだ研究すべきことがたくさんある。

感染症、自然破壊、環境汚染、異常気象、資源枯渇、食糧不足、戦争軋轢など、世界は地球規模の問題を数多く抱えている。音楽と科学の分断だと嘆いている暇はない。今こそ全地球人が一丸となって、音楽と科学が持つ本質的な価値や力を見つめ直す必要がある。音楽と科学の超融合は、地球内の対立に向きがちな意識を、一本化・一体化し、地球人としての結束を深く強く、地球を豊かに幸せに、この世を”グルーヴィーにする”と信じ、日々研究をおこなっている。

音楽の未知のために、未知の音楽のために – For the Future of Music, For the Music of the Future

私の研究室のキャッチフレーズは、「音楽の未知のために、未知の音楽のために – For the Future of Music, For the Music of the Future」です。私たちの身の回りに当たり前のように存在する音楽 – でも音楽って何?とふと考えてみると、まだまだわからないことだらけです。なぜヒトは音楽に感動し、涙を流し、勇気づけられるのか。音楽が持つ力の本質を知り、音楽に感謝し、音楽に恩返しがしたい。音楽の未知を知り、未知の音楽を創造する。音楽についてとことん研究し、音楽の未来、そして、未来の音楽に貢献することが、私たちのラボの使命だと考えています。

音楽科学の発展のために

研究助成寄付のお願い

NHK World: “Drumming Up Hope For Players” https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/news/videos/20231003214251429/

慶應義塾大学SFC授業「音楽と脳 – Music and the Brain -」

「音楽神経科学」研究のおもしろさを世に伝えるため、「音楽と脳(Music and the Brain)」という授業をつくりました。慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)で、毎年、日本語と英語で開講しています。脳神経科学、進化生物学、発達脳科学、身体運動科学、心理学、認知科学の視点を融合し、音楽と脳・身体に関する最先端の研究知見について、藤井がふんだんにユーモアをまじえつつ、一般向けにわかりやすく講義しています。下記に講義内容の一部をシラバスより抜粋して紹介します。

第1回 音楽と脳 – Music and the Brain –

我々ヒトは太古の時代より歌い踊り音楽を奏でてきました。ヒトの脳には、なぜ音楽を楽しむ機能が備わっているのでしょうか?本講義への導入を行うと共に、授業の目的や内容について説明します。

第2回 ヒトの音楽性の起源 – Origin of Human Musicality –

ヒトの進化と音楽の起源に関する諸説(ダーウィンの性選択説、ピンカーの聴覚チーズケーキ説、パテルの変革技術説等)について解説し、ヒトの音楽性の起源について考えます。

第3回 ヒトの音楽性と文化 – Music and Culture –

ヒトの音楽性は文化的背景によらず共通といえるのでしょうか?音楽を聴く赤ちゃんの脳活動や、アフリカ原住民を対象とした西洋音楽知覚実験等を紹介し、ヒトの音楽性と文化的影響について概説します。

第4回 音波から神経信号へ – From Sound Wave to Neural Signal –

音波の物理学的基礎、耳介-鼓膜-内耳の構造、音波から神経信号への変換や、聴性脳幹反応、蝸牛や一次聴覚野の周波数マップについて概説します。

第5回 絶対音感の神経基盤 – Neural Correlates of Absolute Pitch –

絶対音感とは何でしょうか。絶対音感の定義や評価方法、遺伝の影響について解説した後、大脳皮質聴覚野のコア-ベルト-パラベルト構造、絶対音感者のヘシュル回構造や聴覚神経回路のコネクティビティについて概説します。

第6回 失音楽症:音痴者の脳 – Amusia’s Brain –

脳から音楽が失われる – 失音楽症(Amusia)の症例を紹介すると共に,失音楽症を診断するためのテスト(モントリオール失音楽症テストやハーバードビート評価テスト)と、音痴者(Tone-deafness)の脳構造について解説します。

第7回 音楽に対する情動反応の神経基盤 – Musical Emotion and Reward Processing in the Brain –

音楽を聴いた際に生じるゾクゾク感や鳥肌感(Chills)に関する先行知見を紹介します。音楽聴取に伴う強烈な情動反応・生理反応、脳内でのドーパミン放出、音列パターンの知覚と報酬予測の関係や、可聴域外の周波数が音楽感動にもたらす影響(ハイパーソニックエフェクト)等について概説します。

第8回 音楽不感症の脳 – Musical Anhedonia –

「音楽不感症者(Musical Anhedonia)」に関する研究について概説します。音楽不感症とは何か、バルセロナ式音楽報酬質問紙、音楽不感症者の音楽や金銭報酬に対する生理学的応答や、脳機能構造の特徴について説明します。

第9回 音楽リズムと拍子の知覚:音楽グルーヴの神経科学 – Rhythm, Beat, and Meter Perception: Neuroscience of Musical Groove –

音楽のリズムや拍子の定義について説明すると共に、リズムや拍子を知覚している際の脳活動、リズムの複雑性と快感情の逆U字曲線関係、音楽グルーヴやトランスに関する近年の神経科学研究について概説します。

第10回 踊る赤ちゃんと動物:リズム・発達・進化 – Dancing Babies and Animals: Rhythm, Development, and Evolution –

音楽の拍子に合わせて踊るオウムやアシカ、音楽リズムを学習するインコやチンパンジーの行動について紹介すると共に、乳児にみられる歌と踊りの前兆行動について解説します。

第11回 ドラマーの身体運動制御研究 – Motor Control Study of Drummers –

世界最速ドラマーの筋活動、巧みな両手協調ドラミングの非線形力学系モデル、音楽家やダンサーの多関節協調や感覚運動同期に関して、藤井が行って来た研究を中心に紹介します。

第12回 音楽トレーニングと脳の可塑的変化 – / Musical Training and Brain Plasticity –

1990年代から現代にいたるまでの音楽家の脳機能構造研究を概説します。非音楽家の脳機能構造の違い、音楽トレーニングに伴う脳機能構造の変化、Nature/Nurture議論について概説します。

第13回 モーツアルト効果って本当?- Mozart Effect –

1993年にRaucherらがNature誌上に報告した「モーツァルト効果」についての論文を解説し、1993年以降から現在に至る「モーツァルト効果」の科学的論争について講義すると共に、BGMがヒトの心身の状態にもたらす影響について解説します。

第14回 音楽と言語 – Music and Language –

音楽と言語の共通性と相違性について理解を深めるため、発話と音楽に関する様々なイリュージョン(Speech-to−Song Illusion, Phantom Words etc.)を紹介します。脳内における音楽と言語の情報処理プロセスの共通性と相違性について解説します。

第15回 音楽とリハビリテーション – Music Therapy and Rehabilitation –

失語症患者への Melodic Intonation Therapy (MIT) や,パーキンソン病患者への Rhythmic Auditory Stimulation (RAS) 、聴覚フィードバックを用いた運動リハビリテーション研究について解説し、音楽神経科学のリハビリテーションへの応用性を探ります。

お問い合わせ – Contact –

藤井進也研究室では、日本学術振興会特別研究員(学振)のDC1, DC2, PDの受け入れを行なっています。学振の受け入れについてはこちら (sfujii[at]sfc.keio.ac.jp)までお願いします。藤井研への修士・博士課程進学を希望する場合は、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の教員コンタクトフォームをご利用ください。その他、共同研究や委託研究、講演・登壇・執筆・取材・TV出演等のご依頼等、藤井進也研究室に関する問い合わせは、こちら (sfujii[at]sfc.keio.ac.jp)までお願いします。また、藤井進也研究室では、世界をリードする音楽科学研究の拠点を日本国内に築くため、皆様からのご寄付をお願いしております。

Twitter@NeuroMusicLab